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zoom RSS ホワイトバンドより

<<   作成日時 : 2006/01/22 23:59   >>

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語弊が生じてしまう可能性があるのだけれど、一つの事例を挙げてそれを批判しているからといっても、その全てを否定しているとは限らないということがあります。
「総論賛成、しかし各論反対」といった姿勢です。
しかし、何かを発言するときには自分の立場を明確にしておらないと、なんの説得力を持たないので、敢えて反対の立場に立つと言う事が大様にあります。
その姿勢を貫く事を短絡的に、「右だ、左だ、リベラルだ」などというレッテルを貼って、主義の確認だけに終始してしまい本来の話題がどこかに行ってしまうという事が多々あります。
そういったことを踏まえて、事例は多岐飛んだりする可能性もありますが最終的に自分の姿勢を明確にできたらを思います。

 ホワイトバンド・キャンペーンなるものが昨年の夏あたりに日本で話題になり、今も継続的に世界の貧困に苦しんでいる人達(特に子供達)への支援を呼びかける為の啓発をする運動であります。
アドヴォカシー(http://www0.hottokenai.do-reg.jp/faq2/09.html)という、その耳慣れない言葉とともに行われる運動の趣旨には、賛同したい気持ちもあるのだけれど、かといってホワイトバンドをして街に繰り出して自分を慈善の域に置くという気にはなれない。
 元々、昨今の個人的な経験による人間不信からくる街頭および、ネット上などでの募金活動への疑念がある事が要因となってしまっているのが問題であるのは自覚しているし、なんらかの理論づけで世界が救われるという純真無垢な考えも持ち合わせていない現在、あらゆる事に素直に参加することができず、「どうして、この人達(世界の為に活動している人達)は、このように活動できるんだろう?」と傍観してしまうのが現状であります。
 他人事で済ましている訳ではないつもりなのだけれど、しかし、常に貧しい人達の事を想っている訳でもない。
 自分の時間の殆どを自分の為にしか使っていないし、そうする事しか出来ないし、「誰かの為に」という動機づけで活動する事自体が自分に嘘をついているようで身体を動かす気持ちにはない。
 かといって、人を踏みにじるような事は許せないし、自分もそれはしてはならないとも思っているのだが、それだけで済む世界ではない事も知っているつもりであります。
 日本という、一見恵まれた国で暮らしていると、何も考えないで暮らしていると、生きているだけで誰かを犠牲にして暮らしている、誰かを生活の手段として消費材料にしている事に気がつかなくなってしまう事を忘れてしまうと、このホワイトバンド・キャンペーン(http://www.oxfam.jp/whiteband/wb.php)を見るにつけ、善くも悪くも気がついた次第であります。

 その活動に賛同し、たとい一過性のファッションだとしても一人でも救われる人がいるのなら、それはそれで意義があるのではないかと納得出来る部分もあるのかもしれないけれど、楽天的にそれで世界が救われる程世界は甘くないものだし、且つ一連の運動の名目で金儲けをしている人達がいるようなグレーゾーン(http://whiteband.sakura.ne.jp/)が更に人の信頼と希望を傷つけてゆくという悪循環にこのファッションによるキャンペーンに対する疑念が拭いされないのです。
 それは1960年から始まったベトナム戦争(http://ja.wikipedia.org/wiki/ベトナム戦争)に反対する自然発生的に起こった反戦運動を見るにつけ、このホワイトバンドという商品を前面に置いた「3秒に1人、貧困の為に亡くなっています」というメッセージは、どうしても慈善活動を売りにした啓発活動だとしても、自分にはホワイトバンドをつけて貧困に苦しんでいる人達にホワイトバンドを通して貧困を救えるとはとても思えない。
 極論すれば、それは300円という金を出して、白い中国製の輪っかをつけているだけに過ぎないのではないか。
 一見、先付けされた意味なのだけれど、よくよく見てみると虚栄を慈善と救済への啓蒙というオブラートで包んだ欺瞞じゃなかろうかと感じずにはいられない。
 そういった運動を信じて、幸福感を感じている、ある意味自己満足である、その楽天的な意識は一方的な経済的な豊かさしか見る事のできない不幸な人なのではないかとも思う。
 たしかに金がなければ生きていけない世界なのは、重々承知の上だし、こういったキャンペーンをきっかけに真摯に貧しい人の為に活動する人もいるのも事実で、全てを否定する事ではない。
 しかし、これはアレルギーといわれても仕方ないのだが、こういった一連の慈善事業の功利主義的な幸福感の押しつけのような運動は、アメリカを中心としたグローバリズムから来る一つの「豊かな生活モデル」を目標にしているように見えて、最終的に貧困に喘いでいる人達に「幸福な生活とはこういうもんだ」という文化の押し付けにならざるを得ないような気がしてならない。
 だからといって、募金運動全てを反対している訳ではない。
 セーブ・ザ・チルドレン(http://www.savechildren.or.jp/know/index.html)や、ユニセフ(http://www.unicef.or.jp/)などの具体的な活動には、自分も微々たる賛同をしている。
 そういった具体的な活動を伝える事に、慈善を意味付けされた商品の必要性を感じないのである。
 サニーサイドアップ(http://www.ssu.co.jp/news/index.html)という複合マネージメント会社が主導で起こしたムーブメントに、あらゆる有名人が動員され啓発することによって、人が人を想った気持ちになる事に危惧を感じ、そういった感動イベントも回を重ねる事により馴れ合いになっていくような気がしてならないし、その啓発の仕方は昨年のコイズミ劇場に見られる旗降って小泉純一郎に声援するおばちゃんたちを煽動しているようにしか見えない。
それは醜き心だと、たとい憎まれようとも、このような煽動の仕方が許せない。
酷いものの見方だといわれようとも、このホワイトバンドという商品の販売方法は納得できかねる。
意識改革に金を払って、白い輪っかをつけて、自らの自由を奪う必要はない。
まあ、それを買う自由もあると言われたら、それは「ほんとの自由なんかじゃないんだよ」と答えるまでなのだけれど、それで話が通じるかどうか自信がありません。
それと300円という大金を投じるなら、巷の駅でビッグイシュー(http://www.bigissuejapan.com/)という雑誌をホームレスの方が200円で販売しているので、自分ならそちらをおすすめする。
そして、貧困の根本原因である日本を含むアメリカを中心とした武力による世界平和という価値観を突破するために「もう戦争はいらない(http://give-peace-a-chance.jp/118/)」という意思表示をしていく事も必要だと思います。

ここまでの支離滅裂な書き込みには、未だ他者についての論議が出て来ない事で申し訳ありません。
一見、他者の為に行われている慈善活動が次元はどうあれ全て自分の為であるという答えのような思いはあるのですが、そこまで説明する考えが纏まってない次第であります。
ただ、人それぞれだから云々という事で片を付けないように、これからも思慮浅きながらも書き込む所存でございます。
 
 

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知ってるだけで日本を守れる?タブー?2007/11/17【在日特権】
日本国民として、今、知るべきニュースがある。 純日本人も、在日の方も、とりあえず知って然るべきことだ。 なんと、在日朝鮮人・韓国人に対して、「特権」があるという。 裏で囁かれていたのは知っていたが、実際に表に出るのは珍しいことだ。 しかし、TVでの放送は無い。なぜ?それは「電通」を始め、各社に在日が潜り込んでいるからだ。 今、日本が危ない。政界もグダグダだ。 ...続きを見る
知、それは力
2007/11/18 05:26

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして、koaraと言います。
コメント&TBありがとうございます。
似たような感じです、流行物に飛びついて、ホワイトバンドを購入したあとに、寄付ではないことを知りましたが、購入した後なので、もったいないから壊れるまでしようと思っています。
(流行っているのは、ネットだけのような気がします、最初の頃に2〜3人見たきりですし、私の周りは知らないのが現状ですし、それに聞かれたことがないので、意外と周りでは知らない人の方が多いような気がします。)

昔から、赤い羽根などの寄付があったり、チャリティーなどが行われていますが、かなりの額が寄せられて、それなりに役立ってはいるのでしょうが、根本的にはいっこうに変わらないのが現状です。

たぶん変わらないでしょう。

寄附が出来るゆとりが出来たらしたいです。

コメントの返事とさせていただきます、長くなりましたがすみません。
koara
2006/01/23 23:44
koara様

コメント頂きありがとうございます。

>寄附が出来るゆとりが出来たらしたいです

同感です。
ゆとりのないのに寄付をする事に拠って、更に生活が苦しくなっていってしまうのでは本末転倒ですから。
それでも、貧しい人達を助けたいというkoaraさんの想いには頭が下がります。
自分などは、そういった寄付は金持ちがどんどん進んでやるべきだと思いますから。
現実問題、寄付をすることによって税金の控除を受けられるのですから、どちらにとっても得する話です。
船頭
2006/01/24 22:15
赤い羽共同募金(http://www.akaihane.or.jp/index2.html)も使われ方を公表しています。
しかし、どうも効果的な使われ方をしているのか疑問です。
この歴史ある組織が発足した当時は戦災孤児などの本当に飢え等に苦しんでいる人に使われていたそうです「赤い羽共同募金/歴史(http://www.akaihane.or.jp/sitemap/index.html)」
しかし、現在は組織がでかくなり過ぎて運営も官僚機構のように、本当に苦しんでいる人にも手が届くような状況ではないようです(本部は霞ヶ関だったりしますし…)。


「偉そうな事言うなら自分がボランティアで貧しい人を救いに行け!」と短絡的になられる方もおられますが、koaraさんもおっしゃってたように、自分にできる身近な事から実行するのがいいと思います。

コメント、ありがとうございました。
船頭
2006/01/24 22:16

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