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zoom RSS 「安楽死(1)」について

<<   作成日時 : 2006/03/30 06:18   >>

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安楽死(1)」について
「安楽死」の「安楽」って、いったい誰の「安楽」なのでしょうか。
「尊厳死」という言い方もあるようですが、誰の「尊厳」なのでしょうか。
延命治療にお金がかかって経済的に困窮してしまうから、止む終えず殺さざるを得ない気持ちはわからないでもないです。
自分の祖母も一年近く、胃がんによる衰弱から一年近く穴と言う穴にチューブを繋がれたまま亡くなりました。
最後の半年は、殆ど意識を回復する事なく、機械に生かされていたような状況に「生きる」ってなんなんだろうと思いました。
先日読んだ本に「死に様は、生き様…」という自殺未遂で半身不随になった人のインタビューが載っていました。
パッと読んだ感じでは「なるほど!」と思いましたが、それは当人が死ねなかったから言える事であって、意識不明で意思表示のできない人から言わせてみれば素直に「なるほど!」などとは思えなく、意識不明の人の気持ちへの想像力の無さから来る早急な「安楽死」については、なんだか人が機械であるかのような感覚に陥りつつあるのかなっと医者の発言などをみるにつけ思いました。
それから、また蜂の子をつついたような報道に、この騒動が収まれば僕らは「喉元過ぎれば、熱さを忘れてしまう」のでしょう。

中には生きる為に、壮大な実験(語弊があるかもしれませんが)をなすっている方もおられます。
ご両親からのメッセージ

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
私もこの事件に疑問を持ったので恥ずかしながらコメントさせていただきます。
まず始めに私は、医者が安楽死を”行使”することに対しては反対です。医者は治すことができていない限り常に安楽死を進めていると考えています。(安楽死ということばを世間一般に言われている、なるべく苦しまないように死なせるという意味で使わせていただきます。私も、誰のための安楽かという疑問は問い直したいと思っています。)医者は治してこそ医者であるのに、それを放棄そして”安楽死”も放棄し、殺人を犯すことは倫理的におかしいと思います。医者は人を治すことを知っているのであれば、殺すこともよく知っているはずです。だから尚更それを行ってはいけないのだと思います。
私は去年あたり「病院で死ぬということ」という映画を見ました。そこでは人間らしく死ぬことについて深く考えられています。私は人間らしく死ぬということは自分でどこで死ぬか決められることであり、医者に病院で死ぬことを決められるのは違っていると思います。それは意識不明で意思表示のできない人に対しても同じだと思います。
双子の弟
2006/03/30 10:26
わたしも「双子の弟」さんのご意見に賛成です。今回の事件は、「倫理的」に問題であるだけでなく、「法的」にも大いに問題です。だから、警察にはしっかり捜査してほしいと思います。
新しい記事を書きましたので、よかったらご覧ください。
影丸
URL
2006/03/31 15:35
双子の弟様

はじめまして、コメントありがとうございました。
恥ずかしながら「病院で死ぬということ」という映画は何度も見るチャンスがあったにもかかわらず、まだ全編を通して観た事がありません。
是非とも観たいと思います。
今回の事件は、二転三転して親族の同意があった事が確認されるとなると事件性はないとして有耶無耶になってしまうようです。

船頭
URL
2006/04/08 22:46
正直申しまして、医者の仕事は、病気を治療する事だけではなくって、語弊が生じると思いますが死を宣告するのも一つの仕事なのではないかと思うのです。
そして、それが治療の放棄と取られても、患者本人に意識のある内に余生をどのように過ごすかという事まで聞き取る事が出来得るのも医者という資格を持った人間の仕事なのではないかと思うのです。
治療だけにとらわれて、どんどん(あるいはあっという間に)患者は意識不明になれば、あとは残されている者が判断を下さざるえないのですから。
船頭
2006/04/08 22:47
しかし、この姿勢というのも「事故などで突然意識不明になる人の場合はどうしたらいいのか?」など、すべてに於いて対応できるようなものでもありません。
ので、できれば普段から家族が死ぬ事についての話し合いが必要なのではと思います。
その上で、「患者本人が延命治療は望まない」のであれば(という話も当事者同士の閉じた次元でなく開かれた所でなければ、融通の聞いてしまう殺人になってしまう可能性もあるので微妙な所なのですが…)、「双子の弟」さんのおっしゃる通り医者だけが死ぬ事を決める事に対しては、自分も多いに反対します。
しかし、18年前にある人間の延命治療の為に何十リットルもの血液を輸血してまで人を生かさねばならないような、人を機械的に扱う姿勢もおかしい気がします。
船頭
2006/04/08 22:48

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