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zoom RSS 監視社会は昔から、でも…〜日本の利己的集団主義〜

<<   作成日時 : 2007/06/10 11:19   >>

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集団主義なる言葉があるそうで、これは日本人の国民性をよく表している言葉だそうです。
それに、相対するのが個人主義で、よく最近は個人主義の強い人間が増えているといいますが、実際はそうでないことがよくわかったのが先日放送されたNHKの「爆笑問題のニッポンの教養」という番組で、日本人は集団に依存してはいるが、利己的であるということを実感したからでした。

その番組では、山岸俊男(北海道大学大学院教授)という先生が行ったおもしろい実験で、数人の被験者が「何のリスクも罰則も何もない条件で募金をすると募金の合計金額の倍額が均等に配分される」というゲームで、募金を多く出すのは集団主義(或る意味利他主義)的だと思われている日本人より、個人主義(或る意味利己主義)的なアメリカ人の方が募金を多く出すという。
募金と言っても、自分にその募金額以上の金銭が必ず返って来ることを考えれば、個人主義的なアメリカ人が多く募金するのはわかるのだけれども、本来最終的に全体に均等に募金総額が配分されるという利他的意識が働くならば日本人の方が多く募金するはずなのだが結果は、アメリカ人の方が多く募金をするそうだ。
しかし、そのゲームに「一番少なく募金した人には、配分はない」などの罰則をつけると、今度は日本人の方が多く募金をするそうです。
これは、どういうことか…

先生によれば、「日本人は、みな監視しあっている」からだそうです。
その昔、日本は封建的政治の中で人々は、それぞれの階層の生活の中で監視しあいながらも利他的に生活していました。
それは何故かと言うと、階層があることによって自分の身分が保障されている安心感があるからだそうです。
確かに、身分が誰からも侵害されない状況であるならある種の精神的には安心して暮らしていけるかもしれないが、経済的には階層があることによって格差が生じていたり、上の階層からの迫害などに耐えなければならないという生活的な危機感があるために基本的には精神的安心は何も保障されているわけでもなく、その安心を得るためには階層を打破するか、それができないのであれば他人を監視して自らに被害が及ばないような状況をつくっていかねばならないという不安を助長する面もあったわけです。
それでも、昔は人口も少なく、自分の住む地域の殆どの人は顔見知りで人をよく知るということが可能であったので、監視といっても現代のような機械的な監視とは違う性格の監視社会であったのかもしれません。
それゆえに、他人をよく知っているということは強い「信頼」が生まれて、その信頼ゆえに利他的にもなり得るというのが大昔の状況であったことだと思われます。

そして、さらに先生は「信頼と安心」は別物だといいます。
端的に言えば「安心していれば、信頼する必要はない」そうで…成る程!
「信頼とは、他人にリスクがあっても何もかも任せる」ということで「安心とは、リスクがない状態」だからだ。
よく政治家が「安心できる政治をつくっていきます」などといいますけれども、これほどまで「信頼」できない政治家が多いのに「安心」などできようものかと溜息が漏れてくるようです。

先日、共産党が自衛隊の情報保全隊に監視されていた問題が国会でもとりあげられましたが、自分も先日(共産党の知り合いは全くいないので)個人的に日比谷公園の憲法9条改悪反対のパレードに参加したのですが、地下鉄の駅の階段を上がったところから刑事みたいな人達がずらっといたりして、何にもしていないのに(っていうか、平和のために参加しようとしているつもりなのに)まるで犯罪者かのように監視されているようで嫌な気分を味わいました。
そして、日比谷公会堂での講演のあとパレードにでかけたのですが、そこでは、警察が交通整理をしてくれて(笑)安心しながら、日比谷公園から東京駅の先の小さな公園まで平和を訴えて歩いたのでした。
そんな瞬間的な安心はさておき、パレードをしながら思ったことは、車の中から蔑むように自分らを見ている人達とパレードをみると笑顔で手を振ってくれる外国人(欧米人(何人かわからないけど)との温度差でした。
本来言われている集団的(利他的)な人種が日本人であるのであるとしたら、少なくとも平和を訴えて歩いている人達を見て蔑んだりはしないでしょう。
推測するに、「せっかくの休日に遊びに来ているのに、お前らのせいで渋滞になってるじゃねえか」というような思いで見ていたのだと思うのです。
あくまで推測なので、この先は勝手な自分の想いになってしまいますが、このような日本人が増えてきたのと同時に、国家が監視社会を進めているという状況では、国を「信頼」していないのにも関わらずに、「安心」しきっている矛盾した利己的な人間の集団主義になっていってしまうと思うのです。
それは、笑顔で手を振ってくれた欧米人が何故自分たちがパレードしているのかもわかっているのかどうかもわからないのに、手を振ってくれたのかは個人的な価値観であったとしても、歩いている僕らに勇気を与えてくれたという利他的な背景もあり、その後ろの日本人の冷ややかな視線から感じる蔑視による利己的な疎外感による諦めにも似た絶望に近い同じ日本人としての哀しみを感じたからでした。
もうこれは集団主義でもなんでもありません、ましてや個人主義でもありません。
言葉がきついかも知れませんが、「日本人は、その殆どは既に烏合の衆である」といわざるをえません。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
日本人には都市文明人の素養が無いな。それどころか都市の自由を知ろうとしないな。
七畳
2010/03/24 21:28
七畳さん、はじめまして。

 さて、どうしたものでしょう・・・
 都市文明人?
 あなたの言葉の使い方には、差別的な響きが大いに感じられ嫌悪感を感じずにはいられません。
 都市の自由?
 そもそも限定された場所において、自由とは対峙するものではないのでしょうか?
 あなたの考えている自由は、きっと欲求の満足程度のことなのでしょう。
 しかして、それは自由などではありませんので、あしからず。
 
船頭
2010/03/26 14:55
そう、公安の奴らがいるから安心できます
政治家が財界と癒着して国民の監視を強化してるので毎日安心しています
それに国家=権力に監視されることは名誉ですね
ミャンマーでも中国でも民主活動家は監視されていますから
七海
2012/11/20 15:11
そう、公安の奴らがいるから安心できます
政治家が財界と癒着して国民の監視を強化してるので毎日安心しています
それに国家=権力に監視されることは名誉ですね
過去のミャンマーでも中国でも民主活動家は監視されていますから
(すみません、前の投稿は表現が適切ではないので削除してください)
七海
2012/11/20 15:13

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